介護現場における尊厳の尊重:個人の意思を大切にするケアのあり方
介護現場で最も重要でありながら、時に見過ごされがちなのが、利用者の「尊厳」です。尊厳とは、人間が人間として持つべき品格や、その人らしさのこと。介護が単なる身体的なサポートではなく、その人の人生を支えるものであるならば、この尊厳の尊重は不可欠です。今回は、個人の意思を大切にするケアのあり方について考えてみたいと思います。
介護とは「してもらう」ものではない
私たちは、無意識のうちに「介護=手伝ってあげること」と考えがちです。しかし、利用者の立場に立てば、それは「自分の意思とは関係なく、何かをされること」になりかねません。例えば、着替え一つとっても、「今日はこの服がいい」という個人の好みを無視して、着脱しやすい服を勝手に選んでしまう。食事も「栄養バランスが良いから」と、本人が苦手なものを無理に勧めてしまう。こうした行為は、一見親切に見えても、利用者の自己決定権を奪い、尊厳を傷つけることにつながります。
尊厳の尊重とは、「どうしたいか」という利用者の意思を最優先にすることです。
- 選択肢を提示する:何をするにしても、「AとB、どちらがいいですか?」と選択肢を提示し、自分で決めてもらう機会を作りましょう。
- 「なぜ」を理解する:「なぜこの服を着たいのか」「なぜこの食事が好きなのか」といった、利用者の行動の背景にある想いを理解しようと努めることが、質の高いケアにつながります。
「生活」を共につくるパートナーシップ
介護は、介護者が一方的にサービスを提供する関係ではありません。介護を受ける側と、共に「その人らしい生活」を創造するパートナーシップであるべきです。
- 役割を分担する:すべてのことを介護者が担うのではなく、できること、やりたいことは利用者自身に任せましょう。例えば、簡単な食器洗いや洗濯物のたたみ方など、小さな役割でも、自立を促し、生きがいにつながります。
- 「その人らしさ」を大切にする:過去にどんな仕事をしていたか、どんな趣味があったかなど、その人の人生の物語に耳を傾けましょう。その人らしさを理解することで、よりパーソナルで、心に寄り添うケアが実現します。
最後の砦としての尊厳
人生の最期に向かうとき、尊厳はさらに重要な意味を持ちます。延命治療を望むか、安らかに過ごしたいか。食べたいものを食べたいだけ食べたい。どんな風に最期を迎えたいか。こうしたデリケートな意思は、本人が最も大切にしたいことです。
医療や介護の専門家が最善だと考えるケアと、本人が心から望むケアが、必ずしも一致するとは限りません。だからこそ、日頃から対話を重ね、本人の意思を丁寧に確認しておく必要があります。
尊厳を尊重するケアとは、身体的なケアのその先にある、「その人らしく生きる」ことを最後まで支え続けることです。利用者の声なき声に耳を傾け、その人自身の意思を尊重することが、介護現場における最高のケアと言えるでしょう。
介護に関わるすべての人にとって、「この人の人生を、どうすればより豊かにできるだろうか?」という問いは、尊厳の尊重を考える上で、常に心に留めておきたい大切な問いです。